スティーブ・ジョブズと違うところ:イーロン・マスク

公開日: 2018年3月25日日曜日 テクノロジー ビジネス ヒト

すごいCEOのながれで、今回はテスラとSpaceXのCEOであるイーロン・マスクです。Amazon, Google, Apple, Facebookについで、いま世界で一番勢いのある経営者というとこの人でしょう。で、何となく想像していた通り、ジェフ・ベゾスにしてもスティーブ・ジョブズにしても実際はひどい性格だといわれているように、イーロン・マスクも相当の人のようでした。何かを成す人ってこうなるものなんでしょうか。



イーロン・マスク 未来を創る男
アシュリー・バンス (著), 斎藤 栄一郎 (訳)
講談社 2015.09

本書が出たのは2015年なので、テスラが起動にのり始めて、SpaceXが打ち上げを頑張っているまでの歩みが描かれています。イーロン・マスクは南アフリカ出身、現在の見た目はさわやかな好青年な感じですが、成人まではオタクっぽい感じだったそうで、高校生のときにはイジメにもあっていたそうです。その後、親戚を頼ってカナダの大学に入り、在学中から起業に関わり西海岸に活動の拠点を移す、ソフトウェアのスタートアップからネットバンク(PayPalとX.com)といった過程を経て起業家のキャリアを積みます。

彼の生い立ちを読んで大きく2つのことに着目しました。

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1.モノづくりはお金がかかるという現実

今までの彼の起業のキャリアを大きく2つ、ソフトウェアの起業とハードウェアの起業にわけて考えることができます。ソフトウェアは、最初の起業のZip2(店舗向けの検索対応ディレクトリシステム)とX.com x Paypal(金融決済サービス、Paypalはピーター・ティールなどが率いる会社で当初は競合していたがのちに合併)で主に2000年までの取組み。ハードウェアはSpaceX(ロケット事業)とテスラ・モーターズ(電気自動車+自動運転)です。

Paypalを追われ退陣したとき、イーロン・マスクの資産はそれはたくさんあったそうです。(たぶん一生分暮らしていけるくらい)また、ソフトウェア時代は泥臭い日々ではあれど資金がショートするという話はあまり書かれていません。一方でハードウェア事業は、何度も倒産の危機を迎えています。現在でこそ両方とも軌道に乗っていますが、挑戦者として成長している会社なので、まだ安定している経営とはいえないでしょう。

数年前からハードウェア開発のスタートアップが軒並み失敗している話をよく目にしますが、多くの原因は資金繰りがうまくいかないためです。僕もプロダクトデザイナーとしてモノづくりの現場には多少関わっていましたが、ハード開発は量産・流通・販売・アフターサービスまでを含めるとモノづくりは資本がないとできないビジネスです。ですが、言い換えると参入障壁は高く、ソフトウェアに比べて競合が追従しにくい領域ともいえます。特に自動車やロケットになると参入できる企業は限られます。

そしてハードウェアが持つ市場へのインパクトは依然として強いものがあります。appleがいまだに優位性を築いていて、それに危機感を抱いたMicrosoftがハードウェア開発に力を入れたように、ハードで築いたブランド力は相当なものです。ソフトウェアだけに留まっていなかったのは、もしかしたらこういったことが背景にあるのかもしれません。ただ一方でそんな策士だとも思えないのが次のもう1つの点です。


2.イーロン・マスクのデザインセンスについて

よくメディアでは、次のスティーブ・ジョブズというような紹介をされることが多いですが、1つ決定的に違うと思うのは美的感覚に関することです。スティーブ・ジョブスはご存知の通り、禅の思想を持っていたり、フォントやグラフィックに鋭いこだわりを持っていたり(Microsoftはこの価値に長いこと気づかなかった)、プロダクトデザイン的には抜きテーパーを許さない完璧な形状を求めたり(だから昔のMacは高かったのか?)デザイナーでもここまで主張を通し続けるのは難しいことをやっていました。

一方のイーロンマスクは、まず社名がX.com、SpaceX、テスラなど。テスラのカーデザインもおおまかに捉えるとスポーツカーっぽい感じ。(ちなみにデザインは途中からNew Beatleに関わったフランツ・フォン・ホルツハウゼンが関わって、大幅によくなったみたいです)本人の興味は宇宙やロケット。何というか子どもっぽいところがあります。全体的にわかりやすいけど深みがない感じ。スティーブジョブズとは対極的だと思います。

個人的にはそう感じているけど、マーケットとしてはうまく機能していそうです。テスラのデザインは中国などの富裕層の心をとらえていて、うまく市場にマッチしていそうです。これがエコカーのようなかわいい感じだったら市場の反応は違ったでしょう。SpaceXも少年のような心に賛同するビジネスパートナーは多いのではないかと思います。そういった点では適切なビジネス戦略だともいえます(意識してそうなのかはわかりませんが)が、個人的にはどこか心酔できないところがあり、それは僕が東洋人だからなのかはわかりませんが。



ただ1つ、この考えは素晴らしいなと思ったことがあります。それは2013年に発表したハイパーループ構想です。簡単にいうと次世代の公共交通機関なのですが、戦後に描かれた空を飛ぶ車の世界は実は人にとって恐い世界だから、高速移動するモビリティは地下に埋めて、地上をのびのびと歩ける場にしようという構想です。この考えは技術志向とは違ってとても人間的ですし、空飛ぶ車よりは実現性も高そうです。

ここに優れたデザイナーが深く関与できるかどうかがポイントであると思います。この考えを具現化するときの実態が伴わないと、地底人間みたいな子どもっぽいビジョンになりかねない可能性があります。スティーブジョブズがfrog designやJonathan Iveの具現化する力を引き出したように、イーロン・マスクもデザイナーの力を味方にできるかどうかが、これから問われてくるのではないかと思っています。デザイナーの方も相当タフでないとやっていけないでしょうが。
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