理想のデザインと適切なデザイン:ジェフ・ベゾス果てなき野望

公開日: 2018年3月23日金曜日 テクノロジー デザイン ビジネス ヒト

前にAmazon Goの体験を書いたので、今回は本を読んでAmazonを理解します。2017年度の資産額が世界一になったジェフ・ベゾスとAmazonの生い立ちを、ドキュメンタリーのスタイルでまとめられた本です。決して本人を称賛する内容ではなく、事実を客観的にまとめられており(感覚的には7割はネガティブに感じられる内容、3割くらいがポジティブな内容)ジャーナリズムの骨太さを感じさせる内容でした。





ジェフ・ベゾス果てなき野望
ブラッドストーン(著)、井口耕二(訳)
日経BP社 2014.01

本書はAmazonが今日に至るまでのジェフ・ベゾスの軌跡を時系列的に紹介しています。ウォールストリートで才覚を表し、その後シアトルに移ってベンチャーとしての取組みを始め、サイトを立ち上げ運営しながら、レコメンド機能やワンクリック注文などでサービスの質を高めていき、本業を伸ばしながらもAWS・Kindleなどの開発や有力企業の買収などを経て、すさまじい成長を続けていく、といった様が描かれています。改めて流れを見ていくと革新の連続ですが、自然と大きくなったわけではなく、常に次の一手を挑戦し続けていたからこそ巨大企業になれたことがよくわかります。

全部紹介するとまとまりがなくなるので、ここではKinble(電子書籍端末)の開発に関するエピソードがデザインとの関わりも強くて興味深かったので、詳しく書いてみます。

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まずKindleを開発した背景について、かつて自身が実店舗の書店のシェアを食っていったように、書籍の電子化についても「自身が変化していかないとコダックのようになってしまうかもしれない、それなら自分で自分を食った方がマシだ、本業をブチのめせ!」という考えで立ち上げたプロジェクトだということです。そうしてパロアルトに秘密の研究所をつくりました。

そしてKindleのデザインをPentagram社に依頼しました。Pentagram社は元アップルのチーフデザイナー(Jonathan Iveの元上司)であり、のちに数々の有名なデザインを手掛けるAmmunitionを立ち上げた、ロバート・ブルーナーが在籍していたデザイン事務所です。Amazonがこの事務所を選んだ理由は、IDEOなどの大きな会社よりも小回りがききそうだったからだそうです。

Pentagramは本を読むという行為のデザインリサーチを行い、1つの理想像として『手の中で消えるのが良書だ』(本の世界に夢中になって存在を忘れてしまうような状態)という考えに至りました。そこから、この考えを具現化するためのプロダクトデザインへの落とし込みを行いました。安易にデバイスの開発に着手するのではなく、このようなプロセスを経ているところに研究投資の重要性がうかがえます。

しかしここで衝突が起こります。Pentagramは現行のKindleのように、キーのないフラットで要素をそぎ落としたデザインを提案しました。それに対して当時はまだBlackberryが主流だったこともあり、ジェフ・ベゾスはqwertyキーの採用を主張しました。(ちなみに発売はiphoneと同じ2007年で、開発当時スマートフォンは存在していませんでした)ですが、Pentagramは何度もしつこくフラット型のデザインを提案しつづけたそうです。最後にベゾスは怒ってこう言ったそうです。

「この点はもう話し合ったじゃないか。僕が間違っている可能性はあるけど、こいつにかけているものは君たちより僕の方が多いんだぞ!」

このやりとりはとても考えさせられます。

優れたデザイナーは、クライアントのいうことを鵜呑みにするのではなく、ユーザー視点に立って本質を見極めて、クライアントの想像以上のものを提案しようとする傾向が見られます。このこと自体はあるべき姿だと思います。クライアントが想像できる範囲の内容なら、優れたデザイナーには依頼する必要がないので。僕自身も実際に優れたデザイナーと一緒に仕事をするとき、彼らはいつも期待値を上回る取組みをしてくれるので関心させられます。

でもその一方で、このプロジェクトでデザイナーはビジネスにどこまで関与できるのか?ということも意識しなくてはいけません。例えばデザイナーが理想のデザインを提案しつづけていても、その商品カテゴリが低価格層を狙っていたとしたら、ビジネスのミスマッチが起こります。つまりどれだけ優れているか?の前に、狙いとしているターゲットに適したデザインになっているか?を見極めることが大切です。

Kindleの初代開発においては、理想的な状態よりもアクセシビリティを優先したのか、あるいはまだiPhoneが出ていなかったので、キーレスの操作性が想像できなかったのか、qwertyキーの採用が正しかったのかはわかりません。(デザイン業界ではわりと否定的なコメントが多かった気がします)でも、理想だけではなく、今このプロジェクトで適切なデザインとは何か?を知りデザインすることの大切さは、このストーリーからうかがえるのではないかと思います。



その後、Amazonから出てくるハードウェアはマットの黒を基調としたボディで、強い主張はなく目立たないけど使う人を選ばないデザインであり、分かりやすいインターフェイスと低価格での提供を実現しています。全体を通してこの戦略はとてもうまくいっているのではないでしょうか。特にAlexaは部屋の真ん中というよりは壁際に置いて存在を忘れるくらいの存在だけど、光で認識を伝えるUIを用いていて、人との距離感がよく考えられているデザインだと思います。

そんなAmazonが今年はAmazon Goを発表して、とどまることを知らない成長を続けています。すべての新規事業が成功しているわけではないのでしょうが、ここ最近の施策はどれも鋭さを感じるものばかりで、次は何を出してくるのか楽しみだけど恐い会社でもあります。ただ、その鋭さの根底にあるのは『適切感』だと思っています。この適切感を知っているからこそAmazonは強いなと感じさせる理由だと考えます。
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