抽象的→論理的→具体的な思考:私とは何か

公開日: 2017年9月21日木曜日 コミュニケーション ソーシャル

小説家の平野啓一郎さんの新書です。タイトルだけ見ると哲学的で難しい印象を受けますが、そこはさすが小説家、わかりやすい内容です。同僚が話していたことがきっかけで読んでみました。もともとそんな話になった経緯も、ネットやSNSの普及にともなって複数のアイデンティティが顕在化してきている状況から、何かのヒントが得られるのではと思ったのですが、読み終えた感想は、別に今の時代に限らず人間社会の中で普遍的に存在する事象だということでした。



私とは何か 「個人」から「分人」へ
平野啓一郎
講談社 2012.09

分人というのは著者の造語で、個人の対義語として使われています。比較すると、

・個人:Individual(これ以上分けられない=私は私)
・分人:Dividual(分けられる=関係によって変わる)

という位置づけです。どういうことかというと、例えば私たちは、家族・学校の友達・会社の同僚、それぞれに対して話し方や印象が異なっています。でもそれは多重人格というわけではなく、計算高く使い分けているのでもなく、自然とそういった関係性になっています。これが分人という概念で図にするとメモで描いたような示し方ができます。(小説家はあくまで言葉で紡ぎますが、それを絵や図で示すのがデザイナーでありストラテジスト)中心に自分がいますが、相手と接しているときの自分はあくまでその関係性の一部であるという理解です。



日本人にとってこの考え方は割と自然に入ってくると思います。それに対して、本書のなかでも述べられていますが、一神教の思想をたどってきた欧米などの文化圏ではなかなかこの考えは難しいのかなと思います。著者はこの考えを体現化するために、ドーンという小説で、分人主義が浸透したアメリカを舞台とした物語を書いていますが、分人とは何かをロジカルに議論する場面がいくつもあって、日本だったらあえてこんな話し方はしなさそうだよな、と思いました。とはいえ、わかっているようでわかっていなかった考えなので、図で整理できるようになったのは自分にとって意味のあることでした。



で、これを自分が取組んでいるデザインストラテジーに(無理やり)あてはめて考えてみたら、リサーチについて参考になることが結構あるかなと思いました。僕はヒアリングなどのユーザーリサーチをする機会がありますが、分人の考えにもとづくと、始めてあった人に対して相手はどの部分の分人を切り出して語るのか、ということを前提に聞き出すことがとても大事です。引き出せる範囲を見極める、あるいは引き出すための人選や関係性構築を入念に準備することが大切であると分かります。もちろん、仕事や人付き合い全般においても言えることですが、人を知るというのは改めて難しいことだな、と思いました。

この本を読んで小説家ってすごいなと思いました。平野さんが特別なのかもしれませんが、自分なりの社会や人間に対する考察や見立てを整理して、それを伝えるために物語に具体化していくというスタイル。このプロセスは最近のビジネスやデザインの取組みとも通じる点があります。抽象的概念を論理的に組みたてて具体的にする、という考え方を組み立てていく流れです。すごく高度なスキルですが、一度、小説を書いてみたら何かわかるかも?(むかし試みてみたことあったけど一晩で挫折した経験がありますが)
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