冷静さと情熱の間の戦略：新・観光立国論

公開日： 2018年4月6日金曜日 ソーシャル マーケティング リサーチ

まえに僕が札幌に帰ったときに観光戦略の可能性と課題について書いた感想文は、僕なりのフィールドワークで気づいたミクロ的な視点でした。それに対して、この本はマクロ的な視点から日本の観光に対する見解がまとめられています。読んでみて感じたことは、ミクロとマクロの両方が大事だということです。デザインはついマクロ的な取組みよりもミクロ的な現場の発見を重視することに注目しがちですが、この本を読んで、デザインの取組みであってもマクロ視点は欠かせないと思いました。

新・観光立国論
デービット・アトキンソン
東洋経済新報社　2015.06

著者はイギリス出身の元金融業界のアナリストで、日本に来てから今は伝統工芸の社長をしている変わり者（？）ですが、基本的な考え方のベースは、感情をはさみこまないイギリス的な姿勢と、始めのキャリアで培った本質は何かを常に考える視点（クリティカルシンキングの様な考え方）に基づいています。なので観光というテーマに対しても、おもてなしといったような抽象的なワードに振り回されず、数字や影響度による客観的なデータをもとに考察を行っています。

本書は、なぜ観光に着目したか？という論点から話がはじまります。今の日本のGDPは昔とは違ってこれ以上成長することは厳しい状況ですが、その一番強い原因は、人口が伸びないから、であると分析しています。それじゃあ人をどうやって増やすかということを考えたとき、国内だけでの増加は難しいですが、海外から労働力を増やす移民政策もまだハードルが高い状況といえます（文化差の理解など）。それに対して短期移民＝つまり観光客を増やすことの方が手早くGDPに寄与できる、という視点で観光を日本の重要な経済戦略として捉えています。

そのうえで日本の観光収入の割合は他国と比較して低い状況となっています。日本以外のGDP上位国は観光収入の割合が1.2％～4.8％くらいあるのに対して、日本はわずか0.4％です。イギリス出身の著者から見ると日本の潜在的な観光の可能性はとても高く、ゆえにいま活かしきれていない資源を活用することで伸びしろはたくさんある、という見解を説明しています。では、観光に大切な資源は何かというと、以下の４つをあげています。

・気候：寒すぎないこと
・自然：見るべき場所があること
・食事：ごはんが美味しいこと
・文化：自国と違う体験ができること

この４点はいずれも外国から旅行する人が国を選ぶ際に大切となる項目です。著者はイギリスは２点（自然と文化）はあるけど、日本は４点すべて備えているといいます。気候はほどよいうえに4季がはっきりしているのでビーチもスキーも楽しめる、自然は色々な景色が見られるので地方にまで足を運ぶ。食事は世界の評価も高く各国の料理も食べられる。文化ももちろんアジア外の人にとってはエキゾチックなものがたくさん。先進国の中で４つを満たしている国はヨーロッパでもフランスやイタリアくらいであるといいます。

上にあげた分析はあくまでも客観的な視点に基づいた内容です。一方で、日本で語られている日本の魅力に対しては、日本の中だけで考えられた狭い視点であるといった、厳しい指摘をしています。例えばテレビなどでよく出てくる話題として、

・治安がよい ← 治安のために旅行しにはこない
・おもてなし ← 日本の価値観であって海外の人が喜ぶとは限らない
・交通機関が正確 ← それを体験するのは別に楽しいことではない

といったように、先にあげた４つとは特に関係していません。日本で語られる視点は全体的にマイナスをゼロにする価値だったり、もっと直接的にいうと、お金につながらない点を好む傾向があるようです。観光産業をどう成長させていくかという経済的な視点から考えたとき、治安やおもてなし等が重要な要因にはつながっていないという指摘は納得です。確かに自分が海外旅行の計画を考えるときは、自国では味わえない感動の体験を求めていて、治安のよさだけを求めるなら外国にいく必要はないなと思います。

あるテーマに対して、何がキーファクターか？という分析はデザイナーでもよく見られる取組みですが、傾向としてデザイナーの分析は主観的になりすぎることがあり、時としてミスリーディングを引き起こしてしまう可能性があります。何か新しい取組みをするうえで主観や熱意といったことはもちろん必要ですが、その一方で『本当にそうなの？』という視点で常に考えることの大切さをこの本から学んだような気がしました。ただすべてを1人でやる必要は必ずしもないので、どちらが苦手であれば、得意な人と組むための心もちを持っておくことのほうが実践ではより役立つかとも思いました。