分析的なストーリーテリングだ:2030年 ジャック・アタリの未来予測

公開日: 2018年5月30日水曜日 ソーシャル メソッド リサーチ

未来についての考察本です。著者のジャック・アタリさんは思想家であり経済学者でもあり、近年のフランスの政策にも大きく関っているという人です。このブログでは、たびたび未来は予測するものではないということを書いてきましたが、この本についてもタイトルが気になったので確認してみたところ、オリジナルの言語がフランス語なので原題の正確な訳はわからないのですが、日本語版向やや意訳されているようです(本の中に書いてあったはずだったのだけど...忘れました)。



2030年ジャック・アタリの未来予測 ―不確実な世の中をサバイブせよ!
ジャック・アタリ (著)、林 昌宏 (訳)
プレジデント社  2017.08

内容は予測ではなく、あくまで客観的に事実を捉えて、どういうことが起こりうるかを考察し、そのためにどう生きるべきかがまとめられた本です。この本も、前に紹介したリンダ・グラットンさんの WORK SHIFT や LIFE SHIFT のように、内容というよりも、未来の捉え方に対する手法という観点で、ストラテジーにとっては多くの学びがあります。3点を下に整理してみようと思います。


事実は事実として広く公平な視点で

本書でははじめに現状の状況について要因をあげて、そこから起こりうる将来への影響を書いています。参考にしたいなと思った点は2つあります。まず1つめはポジティブとネガティブの抽出観点が並列的で幅広いこと。政治や経済の動向はもちろん、社会動態や技術や宗教などを見たうえで重要になりうる項目を取り上げており、個人的な関心の色を出さずに公平に取り扱っている印象を受けました。変にあまりカテゴリ分けをしていないことで、観点の柔軟性はありつつも取り上げた事象全体に納得感があります。

そしてもう1つは、ポジティブとネガティブを同じように取り上げてはいるけど、数の多さと内容の深刻さでネガティブ要素の方が影響の強さを感じさせる内容になっている点です。でも決してこれは著者の誘導ではなくて、あくまで取り上げ方は客観的ではあるから、結果として読み手に楽観的になりにくいことが自然に伝わるのだと感じました。クリエイティブ系の人は自分の想いが強いので、つい自身の結論ありきでストーリーを構成する傾向があり、やや強引な展開になりがちです。なので、この数を使ってどちらの方向に強い力が働いているかを伝える方法は、分析を生業としている人には当たり前かもですが、僕自身には有効だと感じました。


事実→起こりうる可能性→それを乗り越えるために必要なこと、という流れ

これはリンダ・グラットンさんの本の構成とも共通する点であり、そして2人の本はどちらもとても腑に落ちます。分析的なのだけれどもテーマに対する理解がページをめくるごとにどんどん深まり、とても共感を生む構成になっています。これも1つのストーリーテリングだと思いますが、このような主観が全面に出ない内容でも魅力的なストーリーテリングができるということは大きな気づきでした。そして当然、上にあげた3ステップでの説明の仕方はリサーチを設計するうえで参考になります。



施策の具体性とインパクトについて

最後の著者の提言については、自分の中でいろいろな考えがあります。提言はそれぞれどれもその通りだと思うのですが、正直なところすべてクリアになる結論ではないので、すごく共感するとまではなりませんでした。例えば提言の1つに、『利他的であること』というキーワードが数回にわたって出てきますが、それは個人の心がけで世界がすぐ変われるものではないのも現実です。今の世界情勢はどちらかというと利己的な側面が強いので、それを変えていくための具体的な施策にまで落ちていかないと、リアリティのある内容にならないのかもと思いました。これはリンダ・グラットンさんの本にも似た傾向があり、テーマが大きすぎることが理由なのかもしれません。

でも、もしこれをデザイン・ストラテジーとしてクライアントに伝える場合に置き換えると、この最後の提言は事業機会の可能性を伝えることだったりするので、抽象的であったり実現方法がイメージしにくい状態では不十分です。経済学者や社会学者としてのアプローチではOKかもしれませんが、デザインやストラテジーの立場ではより、具体的で提案に踏み込んだものに落としていく必要があるので、ここはビジネスとクリエイティブをつなぐアプローチとして、自分なりの方法論をもっと強化しないといけないなと考えるキッカケになりました。

と、最後はなんか偉そうなことを書いてしましましたが、内容にはとても共感できますし、2030年にあたって社会全体がどういう課題意識で将来を考えていくかという大きなメガトレンドを把握することができるようになったことも、もちろん大きな収穫です。フランスのことはあまりよく知らないのですが、わりと思想的な傾向が強くこういった分野では参考になるかと思いました。
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