経験をもとに考え抜くことの大切さ:「富士そば」はなぜアルバイトにボーナスを出すのか

公開日: 2018年7月30日月曜日 ビジネス マーケティング

20歳に北海道から東京に出てきたときお金があまりなかったので、僕はとってサッと手軽に食べられる立ち食い屋さんはありがたい存在でした。駅周辺や駅の中に多くあったのが当時は割と新鮮に感じていました。今でも立ち食いそば屋さんは小腹が空いたときにたまに行きます。

何かのネットの記事で富士そばがすごいという内容を読んだのがキッカケでこの本を読んでみましたが、これまで立ち食いそば屋さんの店名を意識して入ったことはありませんでした。この本を読んでから、立ち食いそば屋(富士そばは椅子があるので座って食べられます)にもいろいろなこだわりや思想があるんだなということに気づかされました。



「富士そば」はなぜアルバイトにボーナスを出すのか
丹道夫
集英社 2017.11

ネットでの記事は、富士そばは大晦日に営業しない(そば屋なのに)、大手では考えられないくらいアルバイトも大事にする、出店する立地への目の付け所が鋭すぎる、といった内容でしたが、それの理由が本書に書かれており、多くは創業者の生い立ちから表れている思想や経営論のようです。

まず創業者の生い立ちがすさまじいです。四国で育ち早くから八百屋や油屋などで働き始めて厳しい少年時代を過ごし、上京を試みて炭鉱の倉庫番や弁当やなどの仕事をしながら定時制の学校に通いながらも仕事がうまくいかなかったり病気などで実家に帰ることを4回繰り返す、その後東京で不動産業で大成功したけれど先行きに不安を感じて飲食業に転換したあと(そこで人の本性を色々見てきたとか)、そば一本に絞り現在に至るという生い立ちです。年配の方なので、特に幼少期から青年期にかけて過ごした苦労は、今の時代には想像できないような状況です。

そういった生い立ちから、まず何よりも会社経営は”人財”が第一であるという考えを持っています。学歴などで判断せずに仕事への熱心さや丁寧さやを大事にしていること、店員が考えるオリジナルメニューを積極的に採用することなどがある一方で、適度な競争心や失敗を経験できる機会を提供することを考えていたり、経営者として平時は表にでないで危機のときには傘になる、偉ぶらないことなどが紹介されています。口ででいうのは簡単だけど、創業者の生い立ちや苦労から出てきた考えだと捉えると、その重みが全然違って感じられます。学者の経営論ではなく現場経験による思想は強いです。

物件へのこだわりは創業者の不動産の経験が生きていますが、一方でそば屋という業態に対する客観的な視点があることに鋭さを感じます。富士そばは駅から100m以内で5分に100人以上通る場所を立地候補として基準を設けていますが、これは「わざわざ富士そばを食べに訪れるような店ではないから」だからということです。特別なランチではなく思いついたとき気軽に寄れること、それをお客様視点で捉えて秒殺の嗅覚で判断するそうです。

お金の使い方については、選択と集中をしています。宣伝費にお金はかけないけど商品(そば)へのこだわりにはお金をかける。お客様にとって安さは大事だから300円を超えないよう死守するけど安売りはしない(安さ訴求やキャンペーンなどをすると一回かぎりの来店になりファンがつかないから)つゆは鰹節を通常の1.5倍かけて味にこだわる、立ち食いそばの安く不潔なイメージを払拭するため、床は本物の大理石を使うなど、本流に力をかけています。



全体を通してこの本からハートウォーミングなものを感じさせてくれます。古くから(富士そばの創業は1972年!)行っており決して先端的な業態ではありませんが、語られていることは今の経営思想や新しい企業経営論の本質を捉えていたり先を行っている印象を受けました。最後には、利益は独り占めしないで必ずみんなに分配すること(そうしないと結局は自分に返ってこないという母の教え)という考えも紹介されており、Social Goodというような言葉が出るよりも50年前から実践していることは尊敬しないわけにはいきません。

いつもならこれで終わるのですが、なるべく実体験も大事にすることを今年の目標にしていたので、本だけで理解せず、そばを食べに行きました。



確かに店内の床は大理石、店員さんの対応も心地よい、そしてそばの味は...確かにつゆがしっかりしていておいしい。どれも強く意識しなければ気づかないような細かいことかもしれませんが、こういったこだわりの1つ1つを感じ取ってくれるお客さんがファンとなり、競合が多くある現在でも根強い人気を持っている秘訣なのかと思いました。




デザイナーでもお客さんが気づかないような細かいところまでデザインにこだわる人がいますが、そういった努力の積み重ねがappleの製品を生み出しています(パーツのつなぎ目を気にするお客さんは多くないかもしれないけど、iPhoneのクオリティが世界標準になっているのはご存知の通り)。神はディテールに宿っている、ビジネス全体を考えるときには、一方で細部へのこだわりや商品で勝負することの大切さを、あらためて富士そばから教えてもらったような気がします。そば好きになりました。
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