投資のプロが行う『体験→分析→行動』プロセス:働きながら社会を変える。

公開日: 2018年10月26日金曜日 ソーシャル ビジネス リサーチ

今回の本は、子どもの貧困に目をむけた社会課題と、それを金融の観点からNPOとして取組んでいる内容です。このテーマ自体には、このブログで研究しているデザインストラテジーとは直接的な接点はそれほど多くはないのですが、専門分野は違えど行っていることは、徹底したユーザー起点でありながらも鋭い分析から解決策を打ち出しており、ストラテジーの実践例としてとても参考になる内容でしたので、ここで紹介したいと思います。(もちろんこの活動自体も素晴らしく尊敬します)



働きながら社会を変える。ービジネスパーソン「子どもの貧困」に挑む
慎 泰俊
英治出版 2011.11

著者の慎泰俊さんのことはずいぶん前にネットで知り、論理的な考え方とものごとを捉える視点の鋭さに関心して、その当時はネット記事を読んでいました。最近、社会課題に関する取組みに興味をもちNPOにも関心が向いたところ、そういえばこの人はNPOの活動もしていたなと思い出し調べてみると、いろいろ本を出されていました。紹介するのはその中の1冊、本業を行いながらもLiving in PeaceというNPO法人で活動を始めるまでのプロセスがリアルに描かれています。

本書の構成は3つ、体験→分析→行動、となっています。この構成は僕のリサーチやストラテジーでの取り組みでいうと、まず現状を実態感を交えてリサーチし(体験)、何が課題でどういった領域にチャンスがあるのかを探り(分析)、デザインする(行動)というプロセスと共通しています。といってもこの本の3つは、金融や投資ファンドの専門家としての立場から行っているものなので、デザイナーとは異なる視点であることが僕にとっては大きな学びになります。



体験:現実を直視する

著者は児童保護施設にいる子どもたちに対して何かできることはないかと考えていました。勉強会からはじめたけど、転機は実際に施設を訪れたときで、ものごとはそんな簡単でないことを思い知らされます。そこで実際に1か月(転職のタイミングのときに)住み込みで働いたそうです。しかし、実際に接することで子どもたちのことが少しづつ分かるようになってはきた一方で、知れば知るほど自分の無力さを思い知らされることになったということです。外部の人がちょっと入ってそうそう簡単にできることでもないという厳しい現実と向き合うのも、この体験では避けて通れません。エスノグラフィはいい話だけではないことを教えてくれます。

しかし最後の最後にヒントが訪れます。著者は現場で自分にできることはないと自覚し、別れ際に職員の人と雑談したときに、制度と運営資金の話になります。ここで著者は「こうすればもっとうまくいくのでは?」ということを思い、結果としてそれがNPOの活動指針につながることとなります。

ここで大事なのは『やりたいこと』と『やれること』を整理して『やるべきこと』を見つけるという考え方です。現場の職員は現場でのプロなので、彼らと同じ土俵で何かをするのは著者の『やれること』ではありませんでした。でも著者は金融のプロなので、その専門性から見たときの『やれること』は現場の職員とは違った『やるべきこと』が見えてきます。現場視点が大事なのはもちろんですが、自分の専門性が何であるかを強く自覚することが、解決の糸口となる気づきを得ることにつながる、ということをこの実例から学ぶことができます。


分析:熱い想いだけでなくクールさも必要

僕にとって一番参考となった(切り口のキレに衝撃をうけた)のはこの分析です。体験の現場の主観的な視点とは変わって、ここでは客観的にマクロの視点で状況を整理しています。まずこの状況を『子どものケース』と『施設や職員の運営』の2つに分けてそれぞれ現象とその背景を紐解いています。

例えば施設に預けられる子どもは、暴力的だったり否定的な考えをする傾向があるそうですが、その背景には家庭でのネグレスト(育児放棄)や虐待などを受けている場合が多く、さらにそれは貧困、親の精神疾患、コミュニティの弱さが引き起こしていると関係性を紐解いていきます。一方で子どもだけを見てもこの構造は解決にならず、運営側の状況やその裏側にある行政の制度などの関係も見ていく必要があり、特にその影響が強い要素をこの本の中では分析にあげています。

体験は熱い想いに基づく取組みがベースとして大事ですが、それを活動につなげていくためには冷静な分析も不可欠です。デザインではどうしても前者の主観的な想いが強くなりがちですが、利害関係者が出てくるビジネスにしていくためには、両方が必要であることに気づかせてくれます。


行動:提案だけではなく動かす

最後に実行です。このNPOでは自分たちの強みを活かし、寄付によるファンディングからよい社会をつくるための循環の流れをつくっています。デザイン側での取り組みではアイデアを提案するところに注目がいきがちですが、それが有用性が高く実現可能な範囲を見極めて計画を立てていくことまでを重視するのが大事になります。なのでここは『提案』ではなく『行動』になってます。

・・・

といった内容で、専門性の違う僕にとっても大変勉強になりました。このようなプロセスをデザイナーが説明すると、何となく抽象的で共感に訴える方向での伝え方になりがちですが、金融やコンサルタント側の人がまとめると、こうも論理的で納得性を高めるものになれるものかと驚かされます。デザインでよりビジネス側に入っていくためにはこういった分析と伝え方がもっとできるようにならないといけないな、と思った次第です。

認定NPO法人 Living in Peaceの活動はこちらです。
https://www.living-in-peace.org/
  • ?±??G???g???[?d????u?b?N?}?[?N???A